人口減少時代の成長戦略⑦|人材投資と生産性向上による日本企業の生き残り戦略

人口減少

これまで6回に分けて現役男性・現役女性・高齢者・外国人の労働力それぞれがどのような経緯で過去30年間変化してきたのか、また今後どのように推移していく可能性があるのかということについて考察してきました。それらの考察を踏まえ、今後の労働市場あるいは企業の経営に対してどのような影響を及ぼすのかについて今回は考えてみたいと思います。

1.労働量の過去30年の推移

日本の労働市場はこの30年間で大きく変化しました。1990年代以降、労働力人口そのものは女性や高齢者の就業拡大によって一定の増加をみせましたが、一人あたりの労働時間は継続的に減少してきました。週労働時間の短縮や残業規制、ワーク・ライフ・バランスの浸透が背景にありますが、その一方で「労働の量」による成長は限界を迎えつつあります。特に人口減少局面に入った2000年代以降は、労働供給の地域間・産業間のミスマッチが深刻化しており、量的拡大による経済成長は困難になっています。 人口減少時代の成長戦略第1回

2.労働の質の過去30年の推移

量的な供給の頭打ちと並行して、質の面でも課題が顕在化しました。その象徴が非正規雇用の拡大です。1990年代半ばには労働者全体の約2割であった非正規雇用の比率は、2020年代には約4割に達しました。

企業にとっては人件費を抑制し、短期的な利益率を維持することが業績向上にむけて有効な手段でしたが、マクロの視点では労働生産性を低下させる要因となりました。非正規化が進むことで平均賃金は伸び悩み、実質賃金は過去30年間ほとんど上昇していません。

この現象は単に「賃金が上がらない」という問題にとどまりません。長期雇用を前提とした人材育成や技能形成の機会が減少し、労働市場全体の技能水準やイノベーション能力を低下させるのです。結果として企業の国際競争力も相対的に弱体化するという悪循環が生まれました。

3.今後の人口シミュレーション ―量の視点―

将来の労働供給をシミュレーションすると、その厳しさが浮き彫りになります。現役女性の労働参加率はすでに先進国でも高い水準に近づいており、今後の大幅な上昇余地は限定的です。高齢者の就業も進んでいますが、健康状態や就労可能性に依存するため、労働供給の主力を担うには限界があります。そして最も大きな課題は現役世代男性の減少です。従来の日本企業を支えてきた「中核的正社員」が減少し続け、今後は新規採用によってその空白を埋めることが困難になるでしょう。労働人口シミュレーション(人口減少時代の成長戦略 第5回)

このように、量的な供給には構造的限界が存在し、非正規労働力ですら希少化することで「プレミアム化」する可能性があります。つまり企業がかつて依存してきた安価な労働供給はもはや前提とならず、限られた人材をいかに獲得し活用するかが競争力の核心となります。

4.外国人労働力活用の可能性

将来の労働供給を考えるうえで、外国人労働力の存在は無視できない要素です。日本では外国人労働者数が昨年はおよそ25万人増加しており、人手不足を補う大きな鍵となる可能性があります。製造業や介護、外食産業など、労働力不足が深刻な分野ではすでに外国人が重要な役割を果たしています。

しかし、この動きを単なる「安価な労働力の確保」と位置づけるならば、それは過去30年間の「非正規雇用依存モデル」の焼き直しにすぎません。その場合、企業は一時的に人手不足を解消できても、付加価値型の経営モデルに転換することなく、日本全体の賃金上昇にもつながらないでしょう。結果として、日本経済は再び停滞の罠に陥る可能性が高いのです。

重要なのは、外国人労働者を「投資の対象であり、付加価値を生み出す存在」として位置づけることです。教育研修やキャリアパスの整備、多文化共生を前提とした職場づくりを通じて、彼らを長期的に活躍できる人材として組み込む必要があります。その際、文化的なギャップを解消し、多様性を活かす働き方を整備することが欠かせません。 外国人労働力の現状と将来(人口減少時代の成長戦略 第6回)

さらに、これは外国人労働力だけの問題ではありません。女性や高齢者が持続的に力を発揮するためにも、長時間労働に依存する日本的な働き方を変えていく必要があります。ワークスタイルの変革は、文化的な断絶を防ぎ、多様な人々が共に働ける基盤を築くことにつながるでしょう。それは日本社会全体が持続可能性を確保するための「文化的適応力」を高める取り組みでもあるのです。

5.企業へのインパクト

この人口動態の変化は、企業経営に直接的な影響を及ぼします。労働者は条件の良い仕事に集中し、高い賃金を払える企業や産業は人材を確保できますが、そうでない企業は人手不足に陥り、事業縮小や倒産、あるいは業界再編の波に飲み込まれるリスクが高まります。特に地方や労働集約的産業ではこの傾向が顕著になるでしょう。

一方で、企業が生き残るための道も存在します。それは事業の生産性を高め、雇用条件を改善し、魅力的な労働環境を提供することです。従来のように「低賃金・長時間労働で支える経営」ではなく、「高付加価値・高生産性によって好条件を可能にする経営」へと転換しなければなりません。結果として、このプロセスは日本全体の生産性向上につながる可能性も秘めています。

6.生産性を上げるために必要なこと

これまで日本企業は「人件費を下げることで利益を確保する」手法に依存してきました。しかし非正規雇用すらプレミアム化する状況では、このモデルは限界を迎えています。新たに必要なのは、生産性向上に直結する新しいモデルの確立です。

第一に、コア業務以外の領域は積極的にアウトソーシングを活用し、雇用の柔軟性を高めることです。専門人材を外部から調達することは効率性を高め、社内人員をより付加価値の高い業務に集中させます。

第二に、デジタル技術やAIの徹底活用が不可欠です。定型的業務や情報処理は自動化することで省力化し、人的資源を創造的業務に振り向けます。

第三に、付加価値の源泉となるコア業務には少数精鋭の社員を集中させ、競争力を高めます。

外部化やデジタル化の進展と並行して、人材投資が重要となります。賃金を引き上げることは一つの要素にすぎません。むしろ本質は、事業の生産性を高めるための人材マネジメント体制の強化にあります。社員の主体性や積極性を引き出す評価制度やキャリアパス、非正規人材を取り込み戦力化する仕組み、年齢や性別を問わず働ける環境の整備、さらにスキルシフトを促す教育研修や成果を適切に報いる報酬制度が欠かせません。社員が自ら課題を発見し、新たな解決策を考え行動できる環境を整えることこそが、企業の付加価値創造につながります。

すでにこうした方向へ舵を切っている企業も存在します。たとえば、ファーストリテイリング(ユニクロ)はグローバル人材育成に注力し、社内研修や海外赴任を通じて社員の成長を支えています。トヨタ自動車はデジタル人材の育成と同時に、現場技能の体系的な伝承を進め、熟練工と最新技術の融合によって競争力を維持しています。また、サイバーエージェントは若手社員に経営責任を担わせる「子会社社長制度」を導入し、主体性とリーダーシップを育んでいます。

さらに、大企業だけではなく中堅・中小企業でも人材投資が成果を上げています。伊那食品工業や未来工業のように、昔から社員を「資本」と位置づけ、長期的に投資を続けてきた企業もありますが、それだけでなくここ数年で方針を転換し、人材投資を本格化させた企業も増えてきています。Sansan、アシックス、星野リゾートといった事例は、環境変化に応じて「人材育成こそ競争力の源泉」という認識を新たにした例といえます。

  • 伊那食品工業(長野県)
    「かんてんぱぱ」で知られる同社は、社員を「家族」と捉える独自の経営哲学を持ち、安定雇用と働きやすい環境づくりに徹底投資しています。その結果、社員の定着率は極めて高く、地方中小企業でありながら持続的な成長を実現しています。
  • 未来工業(岐阜県)
    電設資材メーカーで、社員にノルマを課さず、年間140日の休暇や定時退社を徹底する一方で、アイデア提案制度を充実させています。「働きやすさ」と「創造性の発揮」が両立し、革新的な製品を多数生み出してきました。
  • 星野リゾート(長野県発)
    もともと教育重視ではありましたが、特にコロナ以降「外国人スタッフ育成」「DX人材のリスキリング」を強化し、ここ数年で方針を明確に人材投資型にシフトしています。
  • アシックス(スポーツ用品、中堅規模)
    以前はコスト抑制を優先していましたが、近年は「社員の主体性を高める研修制度」や「グローバル人材育成」に積極投資し、2020年代に入って人材戦略を抜本的に強化しています。
  • Sansan(中堅IT企業)
    名刺管理クラウドからSaaS事業へ展開するなかで、2019年以降は社員のリスキリングや研修に大規模投資を開始。エンジニア教育に社内外のリソースを投入し、従業員の付加価値向上を経営の柱に据えています。

これらに共通するのは、規模の大小を問わず「人材を単なるコストではなく成長の源泉と捉える」発想です。中堅・中小企業においても、社員教育や柔軟な働き方の整備は人材確保と競争力強化の決定的要因になりつつあります。つまり、人材投資はもはや大企業だけの特権ではなく、日本全体の競争力を支える普遍的な経営戦略となっているのです。

7.結論

日本の労働市場は、量的拡大と人件費抑制による成長モデルから決別しつつあります。過去30年の経験が示すのは、非正規雇用拡大と実質賃金停滞という負の遺産であり、その延長線上に未来はありません。人口減少という避けられない現実の中で、企業が生き残る道は、生産性を飛躍的に高め、魅力的な雇用条件を提示できる経営への転換にあります。そのためにはアウトソーシングやデジタル化といった外部リソースの活用と、人材への積極的投資を組み合わせることが必須です。

今後の日本社会では、人材そのものが最大の制約であると同時に最大の競争優位の源泉となります。人口減少はリスクであると同時に、企業に高付加価値経営への転換を迫る強力なインセンティブでもあります。企業がこの課題に真正面から取り組めるかどうかが、日本経済の持続可能性を左右するといえるでしょう。

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